気づかいとは、新明解国語辞典 第五版によると
1 悪い事態になるおそれ。
2 相手のためを思って、いろいろ配慮すること。
ここでは、2 の意味です。
配慮とは(新明解国語辞典 第五版によると)
想定されるいろいろな場合に対する対処の方法を考えて何かすること。
狭義では、相手への心配りを指す
心配りとは(新明解国語辞典 第五版によると)
相手の心情を十分に考慮したり
予測されるいろいろな事態に対し万全の対処をしたりすること。
気づかいできる人
って素敵だなって思います。
気づかいできる人になりたい。
と思いつつ、日々気づかいを心がけています。
初めて会った時に
この人は、気づかいできる人 だろうか?
とその人を観察してしまいます。
中には、全く気づかいしない人もいますし
気づかいの概念がない人もいます。
もしくは、気持ちに余裕がなくて
気づかいできない人もいます。
最近
気づかいって良いのだろうか?
と思ってしまっています。
気づかいって
気づかいする人の自己犠牲によって
なりたっているのではないか・・・
気づかいの弊害がわかってきました。
いろんな人と出会う中、
気づかい100%の人もいます。
お客様相手、上司、
好きな人などに
気づかい100%。
大丈夫かなって思ってしまいます。
気づかいしすぎで
言いたいことも言えず
ストレスを溜めこんでいるのではないか?
いつか爆発、
体調不良、
体の異変・・・・
おそらく、自然体で
ほどほどに
気づかいできるのが、良いのだと
思います。
でもこれが、なかなか難しいです。
気づかいの言葉が
良い意味で相手に伝わればいいのですけど
不快にさせてしまうこともあります。
相手のこと思い、言いたいことが、言えなくなり
ストレスが溜まり、爆発や体調不良。
自分の思いや言いたいことを
一切言わない人になりきって
能動的に働きかけるこをやめてしまう。
さらに、
言わずに妄想がふくらみ、
結論を自分で出してしまう弊害。
夜、お酒を飲んで
全てを忘れようとする・・・
言わないと、言われないと
相手方は全くわかりません。
ちょっとでもいいので、
思ったことや考えたことを
相手に言うように練習してみてください。
言ってしまうと
気を悪くしてしまうのでできない。
という気持ちもわかりますけど
少しで良いのです。
練習です。
気づかいを大切にしつつ
思ったことや考えたことを少しでもいいので
伝える・・・
小さなことの積み重ねです。
多少は変化が出てくると思います。